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「食べること」が苦しみになる…「摂食症群」の理解と、健康的な心と体を取り戻す道へ
「体重が増えるのが怖くて、何も食べられない」「一度食べ始めると止まらず、吐いてしまう」「体型が気になるあまり、毎日過剰な運動をしてしまう」。
もし、あなた自身や大切な人が、このように**「食べること」や「体型・体重」に関する強いこだわりや歪んだ認識に囚われ、その行動が心身の健康を著しく損ねているとしたら、それは摂食症群(Eating Disorders)**のサインかもしれません。単なる「ダイエット」や「食の好み」では片付けられない、深刻な苦痛と生命に関わるリスクを伴うのが特徴です。
摂食症は、多くの場合、心理的なストレス、トラウマ、自尊心の低さ、完璧主義といった性格傾向、周囲からのプレッシャーなど、様々な要因が複雑に絡み合って発症します。決してあなたの意志が弱いからでも、性格の問題でもありません。適切な治療と支援によって、食に対する健康的な関係性を取り戻し、心と体のバランスを回復し、あなたらしい人生を歩むことが十分に可能な病気です。
この記事では、摂食症群が具体的にどのような病気なのか、その主な種類と症状、そして何よりも、ご本人やご家族がどのようなサポートを受けられるのかについて、分かりやすく解説していきます。正しい理解と適切なサポートが、食の苦しみから解放し、心豊かな人生を歩むための道を開くでしょう。
摂食症群って、どんな病気?
摂食症群は、「食べること」や「体型・体重」に関する極端な考え方や行動によって、心身の健康が損なわれる精神疾患の総称です。主に以下の3つの主要なタイプがあります。
- 神経性やせ症(Anorexia Nervosa): 極端な低体重: 年齢や身長に見合った最低限の正常体重を維持することを拒否し、著しく体重が低下する。 体重増加への強い恐怖: 低体重であるにもかかわらず、体重が増えることや太ることに対して非常に強い恐怖を抱く。 体型や体重の歪んだ自己評価: 自分の体型や体重を現実とは異なる形で認識し、自己評価に過度に影響を与える(例:痩せているのに「太っている」と感じる)。 タイプ: 食べる量を極端に制限する「制限型」と、過食と排出行動(嘔吐、下剤乱用など)を繰り返す「過食/排出型」があります。
- 神経性過食症(Bulimia Nervosa): 過食エピソード: 短時間に大量の食物を食べる行動を繰り返す。この際、食べることをコントロールできない感覚を伴う。 不適切な代償行動: 過食によって体重が増えることを防ぐため、自己誘発性嘔吐、下剤や利尿剤の乱用、過度な運動、絶食などの行動を繰り返す。 体重や体型への過度なこだわり: 自己評価が体型や体重に過度に影響される。 通常、体重は正常範囲内か、やや過体重であることが多いですが、著しい低体重にはなりません(神経性やせ症と異なる点)。
- 過食症(Binge-Eating Disorder): 過食エピソード: 短時間に大量の食物を食べる行動を繰り返す。この際、食べることをコントロールできない感覚を伴い、以下の特徴のうち3つ以上を伴うことが多い。 通常よりも速く食べる。 苦しくなるまで食べる。 空腹ではないのに大量に食べる。 恥ずかしいと感じ、一人で食べる。 食べた後に自己嫌悪、抑うつ、強い罪悪感を感じる。 不適切な代償行動を伴わない: 神経性過食症と異なり、過食後の自己誘発性嘔吐や下剤乱用などの代償行動はありません。 過食によって、過体重や肥満となることが多いです。
上記以外にも、摂食症群には「特定される摂食症群」や「特定不能の摂食症群」といった診断名があり、上記の診断基準を全て満たさないものの、摂食に関する問題行動が心身の健康に影響を与えている場合も含まれます。
摂食症は、心理的要因(精神的なストレス、完璧主義、自尊心の低さなど)、生物学的要因(遺伝的素因、脳内神経伝達物質のバランスなど)、社会文化的要因(痩せを理想とする文化、メディアの影響など)が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
どんな症状が現れるの?
摂食症群の症状は、タイプによって異なりますが、心理的な症状と身体的な症状の両方が現れるのが特徴です。
【神経性やせ症の主な症状】
- 心理的症状: 体重や体型への極端なこだわり、恐怖心。体重が増えることへの強い不安。自己評価が体重と体型に過度に左右される。完璧主義、強迫性。抑うつ、不安、イライラ、集中力低下。食べ物に関する思考に囚われる(何を食べたか、カロリーはどうかなど)。
- 行動的症状: 食事量の極端な制限、特定の食品群の除去。食事を抜く、食べるのを拒否する。過度な運動。自己誘発性嘔吐、下剤・利尿剤の乱用(過食/排出型の場合)。隠れて食べる、食べ物を隠す。食品を細かく刻む、ゆっくり食べる。
- 身体的症状: 著しい体重減少、低体重。低血圧、徐脈(脈が遅い)、低体温。髪の毛が抜ける、皮膚が乾燥する。無月経(女性の場合)。骨粗しょう症のリスク。貧血、電解質異常(カリウム不足など)。心不全など、命に関わる重篤な合併症のリスク。
【神経性過食症の主な症状】
- 心理的症状: 過食への罪悪感、恥、自己嫌悪。体重や体型への過度なこだわり。気分の落ち込み、不安、衝動性。自己評価の低さ。
- 行動的症状: 制御不能な過食エピソードの繰り返し。過食後の自己誘発性嘔吐、下剤・利尿剤の乱用。過度な運動、絶食。食事を隠れて行う。
- 身体的症状: 体重は正常範囲内か、やや過体重であることが多い。嘔吐による唾液腺の腫れ(おたふく風邪のような顔つき)。歯のエナメル質の損傷(胃酸による)。食道の炎症、逆流性食道炎。電解質異常(カリウム不足による不整脈など)。手足のむくみ。
【過食症の主な症状】
- 心理的症状: 過食への罪悪感、恥、自己嫌悪、抑うつ。自己評価の低さ。ストレスや感情の対処に過食を用いる。
- 行動的症状: 制御不能な過食エピソードの繰り返し。空腹でなくても大量に食べる、早食い、苦しくなるまで食べる。一人で隠れて食べる。過食後の自己誘発性嘔吐などの代償行動はない。
- 身体的症状: 過体重や肥満となることが多い。肥満に関連する合併症のリスク(高血圧、糖尿病、脂質異常症など)。
これらの症状は、ご本人にとって非常に大きな精神的苦痛を伴い、生命に関わる危険性をはらむこともあります。周囲からは「わがまま」や「自己管理ができていない」と誤解されやすい傾向がありますが、これは深刻な精神疾患であり、適切な治療と支援が不可欠です。
摂食症群の診断と大切なこと
摂食症群の診断は、専門の医療機関(精神科、心療内科)で行われます。摂食行動や体重・体型への認識、心理状態、身体合併症の有無などを総合的に評価して診断されます。
- 詳細な問診と症状の確認: 食事の量や内容、過食や排出行動の有無と頻度、体重や体型に関する考え方、ダイエットの経緯、心理的な状態(抑うつ、不安など)、生活への影響などを詳しく聞き取ります。
- 身体診察・検査: 体重、身長、BMIの測定、血圧、脈拍、体温などのバイタルサインの確認。摂食症は身体合併症を伴いやすいため、血液検査(電解質、肝機能、腎機能など)、心電図、骨密度検査など、必要に応じて様々な身体的検査が行われます。これにより、生命に関わる重篤な状態でないかを確認し、必要であれば身体科での緊急治療も行われます。
- 精神状態の評価: 医師がご本人と面談し、精神状態を詳しく観察します。うつ病、不安症、強迫症、パーソナリティ障害などの他の精神疾患が合併していることも多いため、それらの有無も確認されます。
大切なのは、摂食症はご本人にとっては非常に苦痛で、隠したがる傾向がある病気だということです。しかし、早期に診断を受け、適切な治療を開始することが、症状の悪化や身体合併症の重症化を防ぎ、回復への道を拓くために非常に重要です。 身体が危険な状態にある場合は、まず身体の治療を優先する必要がある場合もあります。
摂食症群のサポート:健康的な心と体を取り戻すために
摂食症群は、治療に時間がかかることもありますが、適切な治療と支援によって、食に対する健康的な関係性を取り戻し、心と体のバランスを回復し、穏やかな生活を送ることが十分に可能な病気です。
1. 精神療法・カウンセリング
摂食症群の治療の中心は、**精神療法(カウンセリング)**です。特に、認知行動療法(CBT)や家族療法が有効とされています。
- 精神教育: 摂食症とはどんな病気か、なぜそのような症状が現れるのか、心と体のつながりについて正しく学びます。病気を理解することで、「自分だけがおかしいわけではない」「これは病気の症状だ」と安心し、治療への主体的な取り組みを促します。
- 認知行動療法(CBT):
- 思考の修正: 痩せていることや体重増加に対する極端な恐怖、体型や体重に対する歪んだ自己認識など、摂食行動を維持している否定的な思考パターンを認識し、より現実的で建設的な考えに置き換える練習をします。
- 行動の調整: 不適切な摂食行動(過度な制限、過食、排出行動など)を減らし、規則正しい食事習慣や健康的な体重維持のための行動を増やす練習をします。体重が増えることへの不安を段階的に軽減するための曝露療法なども行われることがあります。
- 感情の対処スキル: 摂食行動の背景にあるストレスや感情(不安、怒り、悲しみなど)への対処法を学びます。
- 家族療法: 特に思春期・青年期の患者さんの場合、家族全体の関わり方を見直し、患者さんの回復をサポートする環境を整えるために家族療法が有効です。
- 弁証法的行動療法(DBT): 感情の調整、ストレス対処、対人関係スキル、マインドフルネスなどを学び、衝動的な過食や排出行動、生きづらさの解消を目指します。
2. 栄養指導・管理
摂食症の治療には、精神療法と並行して、専門家による栄養指導が不可欠です。
- 栄養状態の改善: 特に神経性やせ症の場合、低体重による身体合併症のリスクが高いため、適切なカロリー摂取と栄養バランスの取れた食事を通して、まずは健康的な体重を回復させることを目指します。
- 規則正しい食事パターン: 食べる恐怖や過食衝動をコントロールし、規則正しい食事パターンを確立するためのサポートを行います。
- 食品への不安の軽減: 特定の食品に対する不安や誤解を解消し、多様な食品を受け入れられるように促します。
3. 薬物療法(必要に応じて)
摂食症に特異的に有効な薬は限られていますが、合併している他の精神症状(うつ症状、不安症状、強迫症状など)に対して、薬物療法が補助的に用いられることがあります。
- 抗うつ薬(SSRIなど): 特に神経性過食症や過食症で、うつ症状や不安症状、衝動性が強い場合に用いられることがあります。
- 抗不安薬: 強い不安や焦燥感に対して、一時的に使用されることがあります。
医師の指示に従い、決められた量を決められた時間に服用することが非常に大切です。副作用が気になる場合は、自己判断で中断せずに、必ず医師に相談しましょう。
4. 入院治療(重症の場合)
神経性やせ症で著しい低体重や重篤な身体合併症がある場合、あるいは自宅での治療が困難なほど症状が重い場合は、入院治療が必要となります。入院中は、身体管理、栄養管理、精神療法が集中的に行われます。
5. 周囲のサポートと社会復帰支援
ご家族や周囲の理解とサポートは、摂食症の回復にとって大きな力となります。
- 傾聴と共感、しかし摂食行動を助長しない: ご本人の苦しみや不安に耳を傾け、共感的に接することが重要です。しかし、不適切な摂食行動(隠れて食べる、無理な運動など)を黙認したり、過剰に干渉したりしないように注意が必要です。
- 専門家への受診を促す: ご本人が受診をためらっている場合は、そっと背中を押し、一緒に医療機関を探すなどのサポートも有効ですし、ご家族自身も相談機関を利用して学び、適切にサポートすることも重要です。
- ご家族自身のストレスケア: ご家族も、ご本人の症状に付き合うことで大きなストレスを抱えることがあります。ご家族自身の心の健康も大切にし、必要であれば相談機関などを利用しましょう。
- 就労・学業支援: 症状が安定し、社会復帰を目指す段階では、ストレス要因を考慮した上での復帰支援などが検討されます。高崎市には、高崎市障害者支援SOSセンター ばる~ん(高崎市総合保健センター2階)や高崎市役所障害福祉課相談支援担当、群馬県発達障害者支援センターなど、様々な支援機関があります。
- ピアサポート: 同じ病気を経験した仲間(ピアサポーター)との交流を通して、体験を分かち合い、支え合う活動です。孤独感を軽減し、回復への希望を持つことにつながります。
6. 再発予防と早期発見
摂食症は、症状が改善しても再発する可能性のある病気です。再発を防ぐためには、継続的な治療と、ご本人や周囲が症状の変化を早期に察知することが重要です。
- 症状の日記: 自分の摂食行動、体重、気分、ストレス、対処法などを記録することで、症状の悪化のサインや、効果的な対処法に気づきやすくなります。
- 定期的な受診: 症状が安定していても、自己判断で治療を中断せず、定期的に医療機関を受診し、医師やカウンセラーと相談しながら治療を続けることが再発予防につながります。
まとめ:「食べること」は喜びへ。心と体を癒し、あなたらしい人生を。
摂食症群は、「食べること」が苦しみとなり、心身の健康を脅かす深刻な病気です。それはあなたの意志の弱さや、怠けではありません。心と体が助けを求めているサインです。適切な治療と、周囲の理解とサポートがあれば、食の苦しみから解放され、心も体も健康で、穏やかな生活を送ることが十分に可能です。
重要なのは、病気を恐れずに正しい知識を持ち、一人で抱え込まずに、専門家や支援機関に頼ることです。
もし、ご自身やご家族、身近な方で摂食症群のサインに心当たりのある方がいる場合は、一人で抱え込まずに、早めに精神科や心療内科を受診することをお勧めします。早期の診断と介入が、回復への道を開く鍵となります。
食の苦しみに囚われているあなたは、一人ではありません。多くの支援者が、あなたの回復を心から応援し、サポートするためにここにいます。希望を持って、食を喜びとし、心と体を癒し、あなたらしい人生を取り戻すための一歩を踏み出しましょう。